★そのタブーにもっと突っ込んで欲しかった。
大津市の中学2年生自殺の事件、問題の根本原因、再発防止のポイントを考えれば考えるほど、何か得体のしれない深い闇に引きづり込まれていくかのような、スッキリしない嫌な感じを覚えるのは私だけでしょうか。もちろんその一旦は、先週拙ブログでも取り上げた「隠ぺい」の構図にあることは間違いないのですが、何かそれだけではない不透明感が一連の事件の流れ、事件報道、関係者の発言等々から漂っているように思えてならないのです。
子供社会におけるこのような悲劇防止には、いじめの芽を経験豊富な大人が摘むことでレスキューの役割を果たす必要があるわけなのですが、今回の事件ではそれが全く機能しなかった。ここに来てまたぞろ噴出する大人たち特に学校教師の明らかな「見て見ぬフリ」はなぜ起きてしまったのか。さらに一連の報道は学校や教育関係者の責任追求こそすれども、そこに対して明快な回答が得られない。これらがために私のモヤモヤ感は高まる一方になっているのではないか感じています。
ではいったい何がそうさせているのでしょうか。このようなモヤモヤ感が感じられるような場合、そこに「タブー」と言うものが存在していることが往々にしてあります。「タブー」とは。最近あまり耳にしなくなった言葉ですが、この場合の辞書的な意味合いは、「禁止された事物や言動。それについて極力、言及しないこと。禁忌。禁制」。特定の地域や特定の集団においては、様の古今東西を問わず、この「タブー」というものが厳然と存在してます。
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