2012年10月5日金曜日

義足のスプリンター・中西麻耶 鍛え抜かれたセミヌード公開


「ヌードになったことに後悔はない。むしろ『中西麻耶』と向き合える機会になってよかった。自分を信じて、結果を出したい」――今年3月に活動資金を捻出するべく、鍛え抜かれた体と美しい素顔を披露、セミヌードカレンダーとして発売した中西麻耶(27)。彼女が今、心から願うことは「ロンドンで最高の自分を出す」ということ。
 8月29日に始まったロンドン・パラリンピックで、片足義足の陸上選手として、9月1日の100メートル予選を皮切りに200メートルと走り幅跳びに出場する。
 初出場の2008年北京大会では競技歴わずか1年で、100メートル6位、200メートル4位に入賞。周囲は祝福の声を送ったが、中西の思いは違っていた。「悔しい。恥ずかしくて日本に帰れない」。
 幼い頃から運動センス抜群で、中学から始めたソフトテニスで頭角を現わし、高校総体や国体にも出場。2004年の高校卒業後も2008年の大分国体を目指して競技を続け、「肉体労働ならトレーニングになる」と塗装工となった。

 ところが2006年9月、悲劇が襲う。現場で作業中、重さ5トンの鉄骨が崩れ、彼女の右脚を押しつぶしたのだ。目標だった大分国体の県代表を決める重要な大会の2日前のことだった。
「切断か、接合して様子をみるか」という救急病院の医師の診断に対し、「先生、脚、切ってください」。両親は猛反対したが、中西に迷いはなかった。「切って義足にしたほうが早く復帰できる」、そう思ったからだ。
 必死のリハビリにより、半年ほどでプレーができるまでになった。だが、義足でのプレーは輝いていた頃の自分とはほど遠い。「障害者なんだから、頑張らなくていい」という周囲の言葉にも傷ついた。
 脚を失い、生きがいを失い、自分自身さえも失ってしまいそうだった中西。彼女を救ったのが、「そのままの麻耶ちゃんでいいんだよ」という言葉。中西の義足を手がけることになる義肢装具士・臼井二美男氏のひと言だった。

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─情報元:NEWSポストセブンサイト様─