夜闇の工場を煌々と照らし出すメタルランプの数々。鉄錆で真っ赤になった製鉄所は24時間、止まることなく鉄を生み出し続ける。工場の中では生産工程から少し離れた見学通路に立っていても、お互いの声が聞き取れないぐらいの騒音だ。真っ赤に熱せられた鋼片が目の前を通り過ぎる瞬間、熱風が顔を撫でる――。
製鉄所をはじめとした工場の内部は日常の生活ではなかなかお目にかかる機会がない。せいぜい雑誌のグラビアか書籍で眺める程度だ。
そんな少し遠い世界を身近にするアプリが登場した。ブームの火付け役となった『工場萌え』を2007年に出版した東京書籍は11月28日、バーチャル工場見学アプリ「まるごと工場見学」を発売した。iPhoneやiPad向けで、ダウンロードは無料(一部のコンテンツは有料)となっている。
■360度、好みの角度から見学可能
日本有数の規模を誇るJFEスチールの東日本製鉄所のほか、日本航空(JAL)の飛行機メインテナンスセンター、松徳硝子のガラス器製造工場の内部をバーチャルに見学することができる。通常の静止画像や動画、現場音に加えて、端末を動かせば、ジャイロスコープ機能によって360度、さまざまな角度から工場内を見ることが可能だ。
このアプリには3工場、15カ所のビューポイントが設けられている。11カ所は無料で見られるが、4カ所と各ポイントのパノラマ動画を見る際には有料となる(200~600円)。
今までも工場見学に関するアプリはいくつかあったが、今回のアプリのように工場内部の様子をバーチャルに体験できたり、360度自由に視点を変えることのできるアプリはなかった。開発を担当した東京書籍ICT制作部の松田研二係長は「学校教育関係者や工場好きの人にダウンロードしてもらいたい」と語る。
■デジタル教科書から発想をえる
東京書籍は教科書の版元として有名な出版社だ。今年3月には9教科14科目でiPad向けのデジタル教科書を発売している。このうち、「新編化学基礎」はJFEスチールの協力を得て、製鉄所の中でどのようにして鉄が作られているのか「製鉄所をのぞいてみよう」というプログラムを加えていた。
発売以来、「先生から『なかなか学生を実際の製鉄所に連れて行けないが、この映像ならわかりやすい』と大評判だった」(松田係長)。
需要が大きいと判断した松田係長は、デジタル教科書から工場見学の部分だけ切り出し、専用のアプリを作ろうと考えた。しかも、ただ単に映像を流したり、写真を並べるのではなく、360度自由に動かすことができるパノラマ写真や動画を盛り込み、既存の書籍や雑誌とはひと味違う視点を打ち出した。
実際にアプリをダウンロードしてみると、製鉄所の場合は原料置き場からコークス炉、高炉、製鋼工程、製品出荷まで鉄がどうやって作られるか一連の流れを見ることができる。アプリ開発に協力したJFEスチールも「工場見学には積極的に対応しているが、どうしても受け入れられる人数には限りがある。このような取り組みには積極的に対応していきたい」(広報部)としている。
■狙うは「工場萌え」ブーム再燃
今回は企画を立てるところから、撮影の交渉などに時間がかかり、開発には約5カ月を要した。類似のアプリがないため、松田係長もどの程度ダウンロードされるか見通しは立たないとするが、「反響がよければ第2弾、第3弾の工場見学アプリに取り組みたい」と期待を込める。
この「まるごと工場見学」は元々教育目的で開発されたアプリではあるが、一部のコンテンツは有料となっている。
「本来であれば無料が望ましいが、開発にはそれなりの費用がかかっている。次のアプリを開発するためにも一部を有料にせざるをえなかった」(松田係長)
アプリそのものもファイルサイズが877MBと、スマホで見るにはやや重い。工場萌えや工場見学ツアーも一時に比べてメディアへの露出が減り、ブームは下火になっているようにも見える。はたして、このアプリで新たな需要を掘り起こすことができるか。
http://news.livedoor.com/article/detail/8302386/
─情報元:東洋経済オンラインサイト様─