時間感覚は現役世代の6分の1!?
時間泥棒と化す老害上司
先日、とある上場企業で「偉い人」の対応に追われる知人から泣き言を聞かされた。「上司が『老害』を振りまくために、仕事にならなくて困っている」と言うのである。私も以前、偉い人の“お守り”のような仕事をしていたので、彼の気持ちはよくわかる。昔よりだいぶマシになったような気もするが、今なお「老害」は多くの企業にはびこる厄介な病気の代表格である。
では、彼が言う「老害」とは具体的に何なのか。
「老害」にはいくつもの症状があり、その多くがまわりの人間を困らせるものだ。なかでももっとも大きな問題は、「無自覚に他人の時間を奪ってしまう」ということだろう。「ちょっと」と上司に呼び止められて、話が始まったらもう止まらない。強引に自説に持ち込んで、延々話しこんだ挙句にまったく関係のないところにたどり着く……。聞いているほうにとっては、悪夢のような時間だ。何か目的があるわけではなく、しいていえば「長話をありがたがって聞いてほしい」だけなので、辛抱強く話を聞く人が重宝される。きっと、私の知人もそうなのだろう。
老害にかかると、時間の感覚は明らかに現役世代とズレてくる。こちらの1時間が、本人には10分くらいにしか感じられないのだ。しかも、日本企業の多くは“偉くなるほど暇になる”構造である。10分だと思って1時間をムダにしたところで、彼らにはさしたる実害がない。「もうこんな時間か」と感じるだけである。そのせいで、他人の時間を「何度も」「無自覚に」「無意味なことに」使わせてしまうのである。残念ながら、本来ビジネスに回されるべきエネルギーの多くが老害対応に回っている。
新しいものを拒絶
老害は会社全体のチャンスも奪う
もうひとつの大きな問題は、「新しい技術や自分のやり方・考え方から外れたことに拒否反応を示し、まわりの成長をも阻害する」ということだ。もちろん、新しい技術や考え方への拒否反応は、人間の防御本能が引き起こす当然のものである。新しいからといってよく考えもせずに飛びつくのではなく、「本当にいいものなの?」と疑ってかかる慎重さもある程度は必要だろう。
ただ、老害にかかっている人たちは、「自分が知らないからダメ」と、それこそよく考えることもなく拒否をしてしまう。
新しいコトやモノを理解するために、自分のエネルギーを使いたくないのだ。楽を覚えてしまうと、その程度の労力ですら脳と体にとって大きな負担に感じられるのだろう。
別の大きな問題は、人脈が古いことだ。世の中を実質的に動かしている世代は遥かに下であり、価値観や保有している技術、使用するツール、何もかも違う。その世代の当たり前と、自分たちの世代の当たり前は相当に違うのだが、そのことに対して無自覚である。大事な意思決定において、時代遅れの自分の人脈に相談を持ちかけ、自分たちの価値判断基準に従って物事を決めるから、ほぼ間違いなく外してしまう。
多くの企業では老害にかかっている人たちが、いまだに意思決定の権限を持っているため、彼らの「NO」が部署や会社全体の「NO」になる。老害のせいで現役世代までもが新しいモノやコトを取り入れる機会を失ってしまうのだ。すでに企業にとって邪魔者でしかないこれらの人が、なぜ偉いことになっているのだろうか。
「そうせい候」システムが機能しなくなった
ご存じのように、企業のポストは、現在のビジネスを成功させる上での期待値によって配分されていないのだ。過去の実績の積み重ねとさらに上の上司の覚えのめでたさによって候補者がまず残され、その中でよりマシと思われる配置が決定されているにすぎない。まだ上を目指す意欲の高い人達は偉くなっても成果を出すべく頑張るが、天井が見えてきた人はむしろ大過なく余生を全うしようとする。会議に出て当たり障りのないことを言い、後ろ指をさされない程度の成果を出し続けて、ラッキーで役付役員にでも昇格できれば最高というわけだ。そんなことをしている間に、いろいろな感覚が衰えていく。
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─情報元:ダイヤモンド・オンラインサイト様─