遺伝子の情報が記されているのがDNAで、それをまとめているのが染色体。人間は46本持っており、父親と母親それぞれに由来する2本ずつの23組(1~22番染色体と1組の性染色体)で構成されている。しかし、何らかの原因で21番染色体をさらに1本余分に持つことにより発症するのがダウン症(21トリソミー)だ。この余分な21番染色体上に存在する550個以上の遺伝子の中に、病状を引き起こす直接の原因となる遺伝子があるとされてきたが、これまで発症する仕組みは明らかにされていなかった。米サンフォード・バーナム医学研究所のXin Wang氏らは、特定のマイクロRNAによって引き起こされるダウン症の発症メカニズムを、英医学誌「Nature Medicine」4月号(2013; 19: 473-480)に報告した。これにより、ダウン症の治療薬開発に一歩近づいたことになる。
鍵はタンパク質「SNX27」
ダウン症はアルツハイマー病などと同じく、神経同士のつなぎ目(シナプス)が異常を起こしている。その中で、神経細胞の内外でタンパク質を運ぶ「エンドソーム」と呼ばれる細胞内小胞の異常が認められることから、Wan氏らはエンドソームに関連するタンパク質でシナプスでの役割が不明だった「SNX27」に着目した。
同氏らがマウスのSNX27タンパク質を作り出す遺伝子を働かないようにしたところ、生後4週間でほとんどが死亡。遺伝子の一部だけを働かないようにしたマウスでも、寿命は正常だったものの、学習能力や記憶能力が落ち、シナプスの機能障害、シナプスの学習や記憶と関連する「グルタミン酸受容体」の発現低下などが認められた。
解析の結果、SNX27タンパク質はエンドソームによって細胞膜の表面から回収されたグルタミン酸受容体とくっつき、不要なものを分解する「リソソーム」へ送られるのを防ぐほか、グルタミン酸受容体を再び細胞膜の表面に戻すことで再利用をしていることが分かった。つまり、トラックによって運ばれた学習や記憶に重要な働きをするものを分解されないように守り、さらにリサイクルまでしていたことになる。
したがって、SNX27タンパク質が少なくなると、このリサイクルがうまく働かなくなり、神経細胞の表面でグルタミン酸受容体が不足する結果、さまざまな神経機能の低下が起こるというわけだ。
さらにWang氏らは、ダウン症で死亡した人間の脳でも、同じくSNX27タンパク質を作り出す遺伝子が減っているのかどうかを調べた。すると、SNX27遺伝子だけでなく、グルタミン酸受容体も正常の人間の約半分にまで低下していることが分かった。
ダウン症治療薬の開発へ向け好感触
ダウン症の症状を引き起こす原因がSNX27遺伝子が減ったことならば、SNX27遺伝子の発現低下を引き起こしたさらなる原因は何なのか。Wang氏らは、21番染色体にある19個のマイクロRNA遺伝子に着目した。というのも、これまでの研究により、ダウン症患者の脳で21番染色体由来のマイクロRNAの発現が上昇していることが知られていたからだ。なお、RNAとはDNAにある遺伝情報を基に体を作る実行部隊のことで、マイクロRNAは遺伝子の発現を抑える働きを持つ。
すると、19個の中で1つだけ、「miR-155」と呼ばれるマイクロRNAだけが、SNX27遺伝子の発現と関連していることが分かった。人間の神経細胞を培養したものでmiR-155を強制的に発現させると、確かにSNX27遺伝子の発現は低下した。しかし、遺伝子の構造上、miR-155がSNX27遺伝子に直接作用することは考えられない。そこで、両者をつなぐものを探したところ、「CCAAT/エンハンサー結合タンパク質β(C/EBPβ)」が関与していることが強く示唆されたという。
以上の結果をまとめると、ダウン症を発症するメカニズムはこう考えられる。
21番染色体を1本多く持つ
↓
miR-155が正常よりも多く発現
↓
C/EBPβを作り出す遺伝子の発現が低下
↓
SNX27遺伝子の発現が低下
↓
グルタミン酸受容体のリサイクルに障害
↓
神経細胞の表面でグルタミン酸受容体が不足
↓
神経機能が低下
Wang氏らは、今回明らかになったメカニズムを応用してダウン症の治療ができるようになるかどうかを確かめるため、マウスの16番染色体(人間の21番染色体に相当)を余分に持つ、ダウン症のモデルマウスで、低下しているSNX27遺伝子の発現を強制的に上昇させた。すると、低下していたグルタミン酸受容体の発現、シナプスの機能、学習・記憶能力のどれもが、ほぼ正常レベルにまで回復したという。ダウン症が“治せる病気”になる日は近いのだろうか。今後の研究の進展に期待したい。
http://kenko100.jp/news/13/05/08/02
─情報元:あなたの健康百科 サイト様─